皆さんは「NIOSHの職業性ストレスモデル」について聞いたことがありますか?

 NIOSH(The National Institute for Occupational Safety and Health)とは、米国・国立労働安全衛生研究所の略語ですが、NIOSHでは職場のストレスについて深く研究し、と従業員への健康影響の関係式について次のとおり分かりやすく図解しております。 

   図1-1.NIOSHの職業性ストレスモデル

【ストレスを強める要因】

①職場のストレス要因

②仕事以外の要因(家族・家庭からの要求)

③個人的要因(生活の態様、性格的因子、・・・)

【ストレスを和らげる要因】

④緩衝要因(上司・同僚・家族等からの支援)

【ストレスによる効果(一次反応)】

⑤急性のストレス反応(心理的反応、生理的反応、行動化)

【ストレスによる効果(二次反応)】

⑥疾病(抑うつ状態、心身症、高血圧、・・・)

⑦重篤な場合(うつ病等メンタル疾患→過労自殺、脳・心血管障害→過労死)

【関係式】

① + ② + ③ - ④ = (⑤→⑥→⑦)

 この式は職場内外のストレス要因の強さが性格等の個人的要因により強弱が加わり、周囲からの支援の大小により和らいだ後の心理的負荷の大小により急性のストレス反応がもたらされ、更に持続すれば疾病につながり、最悪は過労自殺や過労死にもつながるということを表しています。

 まず、この著書の読者の皆さんの多くは企業に所属する方々だと想定して、職場でのストレスの主なものについて少し詳しく記述します。

【職場でのストレス要因(前述の式の①)】

・量的な作業負荷の多さ

 自らやらなければならない仕事がたくさんあり、通常の仕事の進め方では到底終わらない。与えられた仕事を余裕を持って終わらせるためのゆとりがない。これらにより、日々の時間外労働時間が増大したり、休日を返上して出勤せざるを得なかったり、休憩なしで仕事を続けなければならなかったりと休息時間や睡眠時間が圧迫されたりする。

・質的な作業負荷の重さ

 高度な技能や技術を要する難しい仕事、責任の重い仕事、不規則な勤務、出張の多い勤務、輪番勤務や交代制勤務、深夜勤務など。

・仕事のコントロール(裁量権)の低さ

 作業手順、方法、および作業計画等を自分で決められないなど、裁量権が低く、仕事を主体的にコントロールできない。

・保有スキル・技術が活用できない

 自分の持っている知識や身に着けたスキル、技術を仕事で発揮できない。あるいは、繰り返しの多い単純作業ばかりなど。

・対人責任の増大

 昇格・昇進・栄転などに伴い対人的な責任が増大した (特に、職長・課長等部下を動かしながら成果を上げることが求められる管理監督者に登用されたり、より大きな組織長として栄転したり、多くの部下の指導・育成や人事考課を行ったりすることは対人責任が増大する)

・あいまいな役割の中での仕事

 担当している仕事の目的や手順等がが不明瞭であったり、上司の指揮命令が曖昧など、仕事を遂行する意味合いが納得できない状態で仕事を進めることを余儀なくされる場合。

・役割葛藤状態

 例えば所属組織長の下で、特定の組織横断的プロジェクトに参加する場合等で、直属の組織長の指示に従うと当該プロジェクトのリーダーの意向に反するときなど。

・ワーク・ファミリー・コンフリクト

 仕事上で期待される職場での役割と家族から期待される役割を上手く両立できないとき。

例えば、家庭で子供が生まれて育児で大変な妻が、夫に早く帰って協力してほしいと願っているが、夫は職場で主任に昇進し立場上遅くまで仕事をせざるを得ないなど。

・職場の物理化学的環境が悪い

 重金属や有機溶剤などを取り扱う仕事、良くない換気、暗すぎたり明るすぎる照明、ひどい騒音、温熱や湿度環境が悪いなど。

 これら職場の主なストレス要因について記述しましたが、もちろんストレス要因は職場だけではありません。家庭生活や性格的な因子などによっても大きく影響します。また、やっかいなことに、一見おめでたいと思える事象によってもストレスが強まったりもします。例えば、結婚して伴侶と新生活に入った、とか妻が妊娠したとかでも、生活スタイルの変化や家庭内の役割や責任が増したなどの要因でストレスが強まったりもします。

次に仕事以外の要因でストレス度合いが大きなものを記述します。

【仕事以外の要因(前述の式の②)】

・喪失体験

 配偶者や子などかけがえのない存在である家族の死、引越しして不慣れな環境に変わった、離婚した、失恋した、流産をした、仕事を生きがいにしていた人が定年退職した、加齢に伴い体力の衰えを感じたなど。

・生活的な悩みの種

 自分自身の重い病気や怪我をした、多額の財産を失った、家族の誰かが犯罪など世間体にまずいことをした、天災や火災などにあった、犯罪に巻き込まれたなど。

・責任の増大

自分自身の結婚、配偶者の出産など。

 個人的な要因(前述の式の③)では、その人の年齢、性別、生活の態様、職場での立場など色んな事が関係してきますが、最も影響の大きいものは性格的因子だと思います。タイプA行動パターンという分類を聞いたことがあるでしょうか。・性格面では野心的で競争心が強く、仕事っぷりは精力的、行動面で機敏といった「仕事ができる人」のイメージが持たれますが、内情はせっかちで自らの言動で本来背負い込まなくてもよい仕事に巻き込まれている場合が多いといった特徴があります。身体面では高血圧、高脂血症といった傾向があります。タイプAの人は、自らストレスの多い生活を選び、ストレスに対しての自覚があまりないままに張り詰めた生活を続ける傾向があります。おのずと血圧が上がり、心臓や脳、循環器系に負担がかかり、脳卒中や心筋梗塞などの脳・心血管系疾患の発症に関係してくると考えられています。これらタイプAの人は、身体面の疾患のリスクが高いのはもとより、心身症やうつ病などメンタルヘルス不調にもなりやすいと言われています。

 これまでは前述の式の①から③まで、ストレスを増大させる話をしてきましたが、ストレスを和らげるのが緩衝要因(前述の式の④)です。職場の上司や同僚との関係が良好であれば、従業員の誰かがストレスが増大して悩んでいるのを察知して話を聞いてくれたり、解決に向けて相談に乗ってくれたり、仕事を手伝ってくれたりします。また、帰宅後に家族が温かく迎え入れて、和んだ雰囲気の中で悩みを聞いてくれたり、力づけてくれたりもします。また、仕事で疲れて遅く帰っても、子供の寝顔を見てエネルギーが充電されたりもします。これら上司・同僚の支援、家族の支援などの有無によってストレスがうまく緩和できることも多いので、職場や家庭で普段から良好なコミュニケーションを図っていくことも重要ですね。

 これまで記述した ①+②+③-④ による影響で急性のストレス反応(前述の式の⑤)が生じます。ストレス反応には、(1)心理面の反応、(2)身体面の反応、(3)行動面の反応(行動化)の3つに分類されます。

【ストレス反応の3分類】

(1)心理面の反応

 心理面の反応として、不安感、緊張感、イライラ、恐怖観念、怒り、落ち込み、罪悪感、孤独感、疎外感、感情鈍麻、無気力などの感情が現れます。また心理的機能の変化として、集中力低下、情緒不安定、思考力低下、判断・決断力低下などの保有していた能力の低下現象が現れます。

(2)身体面の反応

 睡眠障害、動悸、息切れ、めまい、発熱、頭痛、腹痛、痙攣、しびれ、極度の疲労感、全身倦怠感、食欲の減退、嘔吐、下痢など全身にわたる症状が現れます。身体面の変化は本人が気づきやすいので、ストレスとの関係性を知識として教育しておく必要があります。特に精神疾患の初期の段階では、不定愁訴と言って前述のような色んな症状が次から次へと現れてくることも多いですね。

(3)行動面の反応 (行動化)

 心理面の反応が起因して、行動面の変化となって現れることもあります。溜めていた怒りが爆発して社内でけんかや攻撃的な言動を行ったり、理性を失い過激な行動をとったり、泣いたり、引きこもったりといった問題行動を引き起こしたりします。また拒食・過食を繰り返したり、身近な人に幼児返りして過度に甘えたりといったこともあります。チック症状を繰り返したり、責任感の強い人だったのにストレス場面からの逃避行動をとったりなどが現れたりもします。 こうした行動面の変化は自分では気づかない場合もあるので、職場では管理監督者や同僚が「いつもと違う様子」として変化に気づくことが多いのも特徴です。

 これらの急性ストレス反応が現れた場合は、周囲のサポートや専門家へのリファー(繋ぐこと)を適切に行うことで、重篤な疾病に陥ることを予防できますので、職場の管理監督者等が自分の部下の「いつもと違う様子」に気づいて、声掛けし、相談に乗る姿勢、サポートする姿勢を持てるよう、また、そうならないための職場環境改善に取り組めるように、企業は管理監督者に対してメンタルヘルスマネジメントについての知識を勉強させることが大変重要です。